






一度は観たいな~と、思っていた映画ゆきゆきて神軍をやっと観る事ができました。
小学生の頃に町中に貼りだされた、映画ザザンボのポスターの不気味さと、この映画の印象がシンクロして、観たいと思いつつ長年手が伸びませんでした。
学生時代に映画の授業があったんですが、その先生が一番好きな映画として『ゆきゆきて神軍』を紹介してくれました。
日本軍に関するドキュメンタリー映画という予備知識だけでしたが、おそらくこれを一番好きな映画に挙げるなんて、この先生はちょっとひねくれているんだ思い、それ以降あまり授業に身が入らなかった記憶があります。
さて、映画の内容ですが、
終戦後に敵前逃亡による処刑事件があった。なぜ、終戦後23日もたってから、二人の兵士は処刑されたのか?ドキュメンタリーの主役、奥崎謙三氏が二人の兵士の処刑に関与したとされる、元隊員たちを訪ねて真相を追い求めます。
陳腐な表現ですが、戦争の狂気というものが、この奥崎謙三氏の狂気によって暴かれていく様が衝撃的です。おぼろげに見えてくる真相は、食糧不足による日本兵同士のカニバリズム(人食い)。
手塚治虫先生がキネマ旬報の連載の中で、ゆきゆきて神軍についてコラムを書かれていたようです。その中ではお父さんの戦争体験が語られています。
フィリピンの奥地に行った時、空腹の毎日だったそうです。ただし本当に何も食べるものがなくなると、誰かがちゃんと野豚を捕まえてきて食べさせてくれたらしいのです。
この話をしていた時の父の怯えが何だったか、この映画を観て分かったという内容でした。お父さんはこれが野豚ではないという事を知っていたんですね。ここで読ませていただきました
実際に映画の中では、野豚や白豚、黒豚というような表現が証言の中に出てきます。
戦争の恐ろしさを、漠然と理解していたつもりでしたが、こういう形で鮮明に突きつけられると、まだまだ何も理解していないという事に気づかされます。
用語解説
奥崎 謙三(おくざき けんぞう、1920年2月1日 - 2005年6月16日)は、元日本軍兵士(独立工兵第36連隊所属、階級は上等兵)、バッテリー商、著述家、俳優、自称・神軍平等兵、自称・非国民、反天皇活動家。
天皇パチンコ事件、天皇ポルノビラ事件といった過激な反天皇活動や、奥崎を描いたドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』で知られる。
入院していた神戸市内の病院で、死去寸前まで「馬鹿野郎」と周りに喚き散らしていたと報道されていた。
1920年、兵庫県明石市に奥崎俊三郎の三男として生まれる
小学校を卒業後店員・見習水夫を経験
1940年、徴兵検査甲種合格
1941年3月、岡山連隊に入営(陸軍二等兵)同年中に九江の工兵隊へ転属